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著書 ふる里復興創生へ


福島・双葉地方・広野町
ふる里復興創生へ
~東日本大震災と原子力発電所事故から10年の歩み~
著書 遠藤智
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自叙伝「ふる里復興創生へ」の発刊について

令和元年10月にOECDチャンピオン・メイヤーズの一員となった私、遠藤智は、この度自叙伝「福島・双葉地方・広野町 ふる里復興創生へ ~東日本大震災と原子力発電所事故から10年目の歩み~」を発刊いたしました。

1.草稿の経緯
この自叙伝は、平成31年4月に経済協力開発機構(OECD)から、世界各都市の自治体の首長による連携組織「チャンピオン・メイヤーズ」への参加の打診を賜り、チャンピオン・メイヤーズの一員として行動を共にできることを誇りと受け止め、OECDのもと、世界に広野町の復興創生の取組を発信できることの意義を深く念頭している次第です。これまでの取組をOECDから世界に届けていきたいと念頭し、この度、自叙伝を執筆しました。
私と町が復興の過程で経験して獲得してきた智慧を、世界に向けて発信することは、御支援いただいた皆様に対する「恩返し」となると共に、まだ会っていない手助けを必要とする皆様への「恩送り」の機会であると考えています。
この記録によって、現在、復興に取り組んでいる自治体はもとより、今後、様々な災害に見舞われた自治体が復旧・復興に向かっていく際、広野町が取り組んできたことが、災害における苦難を乗り越えていくことにお役に立つことがあればと、震災後の激動の日々を思い返し、取りまとめたものであります。どんなに困難な状況にあっても、信念を持ち、難題に一つ一つ対処し、積み重ね、頂いたご縁を大切にして歩んで行けば、必ず光は見えてくるということを、被災して苦しんでいる方々に伝えたい思いであります。

2.チャンピオン・メイヤーズ参加にあたっての所信表明
私は、チャンピオン・メイヤーズ参加に当たって、次の3点の所信を表明しました。
(1)伝聞ではない自分の体験を信じることの重要性
広野町は、東日本大震災、原子力事故により全町避難を余儀なくされ、まだ多くの町民が避難先で苦しんでいた当時の平成26年6月15日に、「避難先からの幸せな帰町に向けて」と題した国際シンポジウムを開催した。以後、5年間にわたってやり方を変えながら国際フォーラムとして議論を続けてきました。
私は、国際フォーラムにおいて打ち出されたコンセプト「幸せな帰町・復興に向けて~from early return to happy return」により、早期帰還が必ずしも幸せとは限らず、まずは避難先から1日でも早く帰還したいと思ってもらえる町にすることが大切という大変重要な示唆を受け、その実現に向かってハード・ソフト整備に邁進してきた。急ぎ過ぎず、様々な意見を取り込んでいくことが、原発被災地からの共生社会づくりにむけて肝要との提言も受け、今、ここで実際に生活する住民の生の声を聞く機会を重視し率先して傾聴する機会を設けました。
廃炉汚染水対策福島評議会では、開設当初から参加者に対し、福島第一原子力発電所に全員が一緒に訪問して、同じ時間、同じ現場に立ち、自分の皮膚で感じて考えたことを基に議論を深めるべきであると唱えてきました。現場からの説得力あるメッセージを発信できるのは、現場を肌身で感じて、それを信じることが出来るリーダーたちであると考えます。共生社会作りのために寄るべくものは、誰かの取材や報告書や加工された誰かの声や伝聞ではなく、ましてやモニター画面を通した一面のみからの印象であってはならない。現場からの声は、現場から発信し続けていくことが大事であると考えます。
(2)Glocal教育の重要性について
原子力発電所の廃炉や長期的なビジョンに基づいた地域の復興・創生を成し遂げようとする上で、人材の確保と育成は欠かすことの出来ない重要なプログラムである。廃炉作業が30年とも40年とも言われている長期的なプロセスに対応するためには、地元の人材が復興・創生を成し遂げなければなりません。私は、広野町に復興・創生及びグローバルな視点をもった人材育成の拠点となる高等学術機関を誘致し、地域全体を高等教育・研究資源として活用したいと考えています。
広野町は震災以降、中学生の海外交流事業を実施しました。派遣された中学生にとっては、異国の文化と交流することによって、自分を新たに見つめ直すきっかけとなっています。私は、原発事故からの復興に向けて叡智を結集していくには、グローバルな人材育成が重要でありこの地域に生きる若い世代、特に高校生を対象とした海外留学に対し、支援する制度こそ必要と思料しております。2017年に複数の高等教育機関と協定を結んで町内に研究拠点を設置し、連携して事業を展開しています。GlobalとLocalの2つの方向性を併せ持ち復興を担うGlocalな人材を育成することを目指しております。
(3)次世代への伝達の重要性
大震災から間もなく10年を迎えるに当たり、広野町はそのステージ毎に3冊の記録誌を製作しました。町の震災記録誌は、記録に留めることによる記憶の風化防止が大きな目的であり、復興の過程をなるべく客観的に記録し、それが衆目に止まるよう、データが雲散霧消することないように、各所のアーカイブ施設にポートフォリオすることによって、次代につなげる。
一方、当該自叙伝については、町長たる自分が未曾有の災害に見舞われ、混乱の状況の中で体験した際の心情、苦悩を晒すことによって、リーダーとしてどのような葛藤があって判断に至ったのかを記録し、公開し、後世の評価に委ねることを目的としています。正しいか正しくないか、適正か否か、妥当か否か、合理か不合理か、を議論の醸成を待つ暇もなく判断して動かなくてはいけなかった場面があの状況では多々あった。今になって思うに、それが正しかったと胸を張って言い切れるものばかりではありません。しかし、あの時私がそれを選択したのは私の矜持からであります。
町長としての葛藤、体験がこれからいろいろな分野でリーダーになろうとする多くの方々に伝わって、あの時から現在まで感じている痛みが、少しでも後世の方の手助けとなることが出来れば本望と考えております。

3.震災から現在までの歩み
広野町は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災によって地震、津波、原子力発電所事故による複合災害に見舞われ、全町避難を余儀なくされました。
多くの町民が避難生活を続ける中、私は平成25年12月に町長に就任し、町民を安全に帰還させること、ふる里に帰還してからの安心・安全な生活の営みを成し得るまちづくりを自分の責務と誓いました。
この被災地に、どうしたら町民が帰還できるのか、誰にも答えが分からない道なき道の状況の下、除染による環境回復、放射線による健康不安の払拭、インフラの復旧、商業施設の整備、安心・安全を守る支援・仕組みづくり、総括して、医療福祉・教育環境の体制整備等、生活環境を一つ一つ整え、「幸せな帰町」を捉え、9割の帰還を成し遂げ、みなし居住率150%、福島復興への共生のまちづくりに全力で取り組んできました。
令和2年、緊急時避難準備区域が解除された9月30日を迎え、震災から10年目を歩むにあたり、国内外から多くのご厚情、ご支援を賜り、光が差し込み始めたところに立っています。
復興五輪としての東京2020オリンピック競技大会の聖火リレーが令和3年3月25日に復興のシンボルであるJヴィレッジからグランドスタートします。これまでいただいた多くの御支援に対する感謝の気持ちを国内及び世界の方々に伝えるとともに、広野町の現在の復興・創生に向けて躍進する元気な姿を届けていきます。

4.復興は未だ道半ば
広野町には、震災によって休校となった双葉郡の5つの高校の精神を受け継ぎ、双葉郡の未来を切り拓く人材を育成する県立の中高一貫校「ふたば未来学園」が設置されました。私は、ふたば未来学園を無事に開校する責務を重く受け止め、当時、町への帰還率が2割の状態から、子どもたちが平穏に生活できる町とするため、全力を挙げて取り組んできました。町民の帰還が徐々に進展する中、ふたば未来学園は平成27年4月に高校が先行して開校し、平成31年4月に新校舎が完成して中学校が開校、中高一貫教育がスタートして、私としては5年5か月を経て一つの責務を達成したと捉えています。
震災以降、復旧・復興のために町職員は本当に頑張っています。国、県、自治体からも多くの職員を派遣していただいております。施策を一つ一つ、着実に実行してこられたのは、何よりも職員の力によるものです。私は、職員が元気で、町民が元気づけられる、町民が元気で町全体に幸せが広がっていく、そんな町役場でありたいと、常々思っており、職員への感謝と、さらなる町政進展へ向けて期待しています。
この先の町の創生には、行政だけでなく、産官学金労言、民間の力を活かしていくことがとても重要と捉えています。逆境を乗り越え、町に戻って事業再開、営農再開された方々がおります。震災後にこの地に進出し、新たに事業を展開されている企業があります。町外のNPOと連携し、町おこしに取組み始めた方々がいらっしゃいます。官民連携の展望に、力を結集したいと念じています。町の復興には、本当に多くの方々に御支援をいただきました。国、県、全国の自治体からの応援職員、国家公務員退職後に支援職員として赴いていただいた方、行動力に溢れたNPOの方々、大学教授や研究者の方々、ご縁、絆、つながりの有り難さを感じ、感謝の念に堪えません。
一つの出会いが次の出会いへと支援の輪が広がり、町中にいくつもの新たな種が蒔かれました。私はその種が芽吹き、いつの日か、大樹に育ってくれることを楽しみにしています。
震災から10年という区切りの年を迎えるにあたり私が危惧するのは、広野の復興はかなり進んだ、もう仕上げの時期に来ている、という雰囲気が広がっていくことについて、まだまだ課題、難題が山積し、復興道半ばにあることです。
11年目を迎えようとしている今も、様々な事情により町外で避難生活を続けている方がいらっしゃいます。農作物等の風評被害は消えず、森林の環境再生はまだまだこれからです。避難生活による健康面への影響が懸念され、地域包括ケアを実際に機能する体制としていかなければなりません。原子力発電所の廃炉は長きに渡る取組みとなり、町内各地に建設された作業員宿舎には、多くの廃炉・復興関連事業に従事されている方々が生活されており、新たな共生の町づくりには時間を要すると考えています。
町に一歩、足を踏み入れれば、まだまだ課題、難題が残されている状況にあり、そういう被災地の現状を、多くの方々に知って頂きたいと願っています。

5.新型コロナウイルス感染症について
世界を席巻する新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、日本で緊急事態宣言が発せられた現状において、町は、昨年11月にPCR検査体制を整え、現在、ワクチン接種体制の構築に向けて取り組んでいます。
新型コロナウイルス感染症が感染拡大する中で、感染者や医療従事者に対する差別やいじめが発生しています。今から約10年前、震災と原子力発電所事故により浜通り地域から避難した子供が学校でいじめに遭ったことがありましたが、その構図と全く同じです。
町は、昨年「あらゆる差別」による人権侵害を防ぎ、町民一人ひとりが人権を尊重し、互いに支えあう共助の理念の下、「人にやさしいまちづくり条例」を制定いたしました。正確な情報を収集・整理し、伝達するとともに、正しい知識に基づく広報や教育活動など必要な施策を継続的に行っています。
加えて、児童虐待の防止が社会全体で取り組むべき重要な課題とされている現状において、町は「こども人権支援条例」を本年6月に制定する予定です。

6.脱炭素社会に向けた取組について
日本政府は、昨年10月、2050年に国内の温室効果ガスとなるCO2排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル宣言」をしました。広野火力発電所の事業者である(株)JERAにおいても、脱炭素技術開発の取り組みを加速させ、発電時にCO2を排出しないゼロエミッション火発を追求すると公表しました。
ゼロエミッションへの道のりは、脱炭素技術の着実な進展と経済的な合理性、国等の政策との整合性が前提であり、加えて再生可能エネルギーとの相互補完が必要です。石炭火発に水素やアンモニアを混焼させる方法やプラントをリプレースして水素やアンモニアを専焼させる方法、グリーン燃料の利活用や排出されるCO2の吸着処分、再生可能エネルギーの推進など、新たな技術開発が求められています。
新エネルギー社会の創出に向けて、カーボンニュートラル宣言を本年発する予定です。
火力発電所を有する町として、ゼロエミッションに向け、国際社会、国・県等のロードマップを見守りながら、(株)JERAと共に国、県と協議し、CO2排出ゼロ、地球温暖化の防止に取り組んでいきます。

7.復興のフロントランナーから創生のパイオニアへ
広野町は双葉郡の南の玄関口に位置し、福島第一原子力発電所廃炉事業の復興拠点、復興に先駆けて取り組むフロントランナーとしての役割を果たしてきました。広野町が双葉地方の復興において果たすべき役割は、震災から10年の「集中復興期間」「復興・創生期間」を通して、これまでの「フロントランナー」から「創生のパイオニア」へと変遷しながら、被災地からの新たなまちづくりのモデルとして「創生」を具現化し、未来を切り開き、新しい時代を創出する役割を担っていきたい。
町に滞在される廃炉作業に従事される方々、帰還困難区域に住所を有する住民の方々との共生社会を実現すべく「共生のまちづくり」に全力で取り組み、将来にわたり持続可能な地域社会を構築していきたいと考えています。
OECDチャンピオン・メイヤーズの取組から福島復興の姿を世界に発信し、福島復興創生へ向けて、「ふたばグランドデザイン」の将来像に双葉8町村心一つに取り組んでいきます。

8.自叙伝で伝えたい思い
復興に取り組む中で胸に抱き続けてきたことは、一つの自治体が単独で良くなり復興することではなく、双葉地方全体が復興して帰れる環境を先駆けて作っていくという強い思い、信念です。復興とは、ふる里への人々の願いに向かって努力し、自らの真心を尽くすことにより、被災地に希望の未来が築かれていくことだと思っています。
福島復興に向け一つの自治体の復興を捉え、双葉地方全体が前進し、福島復興へと成し得ていく。地域全体を包括的に、住民のふる里を取り戻す様々な幸せを強く深く心に刻み、全身全霊全力で邁進する決意です。
広野町役場の庁舎には、皆さまから頂いた応援メッセージを、今でも大海原を進む船の旗のように大きく掲げています。
Keep on raising your flag
どうか、これからも復興に向かう姿を見ていてください。それが、復興への大きな力となります。
東日本大震災と原子力発電所事故から復興へと歩む福島・双葉地方・広野町の姿を、世界から頂いた多くの支援に対する感謝の思いと共にお届けいたします。

令和3年1月11日
広野町長  遠藤 智

ふる里復興創生へ
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(日本語版 PDF)

For the publication of the autobiography “Hirono Moving toward Revitalization”

I, Satoshi Endo, who became a member of OECD Champion Mayors for Inclusive Growth in October of the first year of Reiwa (2019), would like to announce that my biography “Hirono Moving toward Revitalization Hirono Town, Futaba County, Fukushima Prefecture ~10 years since the Great East Japan Earthquake and the Nuclear Power Station accident~” has been published.

1. Background of the publication
In April 2019, I was asked by the OECD to join the “Champion Mayors for Inclusive Growth” by the mayors of autonomy in the world. I took pride in being able to act together as a member of the Champion Mayors. I have written an autobiography with the desire to convey my decisions and efforts made so far via OECD to the world.
Disseminating the wisdom that I and Hirono town have experienced and gained in the process of reconstruction to the world has the significance that “Hirono, the town received a lot of support from whole the world. Contributing to the Champion Mayors initiative enables to us pay it back (“On-Gaeshi” in Japanese). We also believe this is an opportunity for us to pay it forward (“On-Okuri” in Japanese) and support others in the future.”
I hope that the efforts of Hirono Town shown in this record will serve as a reference not only for autonomies that are working on reconstruction, but also for local governments that have been hit by disasters as they head toward restoration and reconstruction. I compiled this record, looking back on the turbulent days after the earthquake. No matter how difficult the situation, if you have faith, remove each difficult problem, and cherish your relationship, finally we will surely see the light. I would like to convey this to those who are suffering from the disaster.

2. Statement of belief in participation in Champion Mayors for of belief.
(1) Importance of Believing in One’s Experience (Not Hearsay)
On June 15th, 2014, Hirono Town held the international symposium “Happy Return from Evacuation” when many townspeople were still suffering from evacuation due to the Great East Japan Earthquake and the nuclear accident. Since then, the symposium has continued discussions as an international forum, changing the method for five years.
The concept “from early return to happy return” expressed at the international forum made me realize that early return is not always happy. I have received a very important suggestion at the forum that it is very important to make the town a place where people want to return from the evacuation site as soon as possible. I have been working hard to improve the hardware and software to realize it. I have received other suggestion that it is essential to incorporate various opinions without rushing to create a symbiotic society from the areas affected by the Nuclear Power Station. Now, I emphasized the opportunity to hear the live voices of the residents who actually live here, and provided the opportunity to take the initiative in listening.
At the beginning of the discussion on Fukushima Council for Countermeasures against Decommissioned Contaminated Water, I argued that the debate should be deepened through that all councilors visit the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station together, stand in the same place at the same time, and think about the matter with one’s own skin. It is my opinion that the leaders who feel the site and believe can send a persuasive message from the site. In order to create a symbiotic society, we must not capture the interviews, and processed voices and hearsays of others. Furthermore, it should not be an impression from only one side through the monitor screen.
It is important to continue to send voices from the site.
(2) Importance of Glocal (means a composite of Global and Local) education Securing and training human resources is an important program that is indispensable for achieving the decommissioning of Nuclear Power Stations and the reconstruction and creation of the region based on a long-term vision. In order to cope with the long-term process of decommissioning, which is said to 30 or 40 years, local human resources must achieve reconstruction and revitalization. I would like to invite a higher academic institution to Hirono Town, which will serve as a base for reconstruction/creation and human resource development from a global perspective, and utilize the entire region as a resource for higher education/research.
Hirono Town has been conducting overseas exchange projects for junior high school students since the earthquake. For the dispatched junior high school students, interacting with foreign cultures is an opportunity to reconsider themselves.
Global human resource development is important for gathering wisdom for recovery from the nuclear accident. I think that a system to support the younger generation living in this area, especially high school students, to study abroad is necessary. We signed multiple agreements with higher education institutions in 2017, set up research bases in the town, and are developing business in collaboration. We aim to develop Glocal (which has both the above-mentioned two directions (1) Global and (2) Local).
(3) Importance of communication to the next generation
In the 10th year since the Great Earthquake, our town produced three record magazines for each stage. The main purpose of creating a record magazine is to prevent the weathering of memories by keeping records. By recording the reconstruction process as objectively as possible and making portfolio it in archive facilities in various places so that it will be noticed by the public and the data will not disappear, it will be connected to the next generation.
While the above-mentioned earthquake disaster record magazine aims at objective recording, the mayor myself was hit by an unprecedented disaster and exposed my feelings and anguish when I experienced it in the turmoil. By doing so, the purpose is to record what kind of conflict I had as a leader and to make a decision, to make it public, and to leave it to the evaluation of posterity. In the situation at that time, there were many cases in which I had to judge and act without having to wait for the fostering of a debate about whether my judgment was correct, appropriate, valid, rational or irrational. Now that I think, it’s not all that I can proudly say that it was right. However, it was my pride that I chose it at that time.
My conflicts and experiences as a mayor will be conveyed to many people who are going to become leaders in various fields, and it is my desire that the pain I have been feeling from that time to the present can be felt by posterity as much as possible.

3. History from the disaster to the present
Hirono Town was forced to evacuate the entire town due to the combined disaster caused by the earthquake, tsunami, and Nuclear Power Station accident caused by the Great East Japan Earthquake that occurred on March 11, 2011. While many townspeople continued to evacuate, I took office as the mayor in December 2013 and vowed that it was my responsibility to return the townspeople safely. There was no way for anyone to know how the townspeople could return to the damaged area.
However, with the goal of “Happy return to hometown”, I have prepared the living environment step by step, such as environmental restoration by decontamination, infrastructure restoration, and commercial facility development. We have achieved 90% of the return, and have made every effort to create a town that coexists with the reconstruction of Fukushima with a deemed occupancy rate of 150%.
September 30th, 2020 is the 10th year since the emergency evacuation preparation area was lifted. During that time, we have received a lot of kindness and support from home and abroad, and the future of the town has just begun to shine.
The torch relay of the Tokyo 2020 Olympic Games as the reconstruction Olympics will make a grand start on March 25th, 2021 from J-Village, which is a symbol of reconstruction. We would like to express our gratitude to the people in Japan and around the world for the many support we have received, and to deliver a lively figure thatis making great strides toward the current reconstruction and revitalization of Hirono Town.

4. Reconstruction is still in the middle of the road
In Hirono Town, the Futaba Mirai Gakuen Junior and Senior High integrated school was established to develop human resources who will open up the future of Futaba County, inheriting the spirit of the five high schools in Futaba County that were closed due to the earthquake. Taking the responsibility of opening the Futaba Mirai Gakuen safely, I made every effort to make the town where children can live peacefully from the state where the return rate to the town was 20% at that time. While the return of the townspeople is gradually progressing, Futaba Mirai Gakuen was opened in April 2015 with the high school leading, and in April 2019, the new junior high school building was completed and opened. Then, integrated middle and high school education started. As a result, I have just achieved one responsibility for establishing an integrated junior and senior high school after 5 years and 5 months.
Since the earthquake, the town office staff have been really working hard for restoration and reconstruction. Many staff are dispatched from the national, prefectural, and other local governments. Above all, it is the power of the staff that has steadily implemented the measures one by one. I always want to make a town hall where the townspeople are encouraged if the town staff are healthy, and happiness spreads throughout the town if the townspeople are health. I would like to express my gratitude to the town staff and hope that they will work hard to advance the town administration.
For the creation of this town, it is very important to utilize the power of industry, universities, financial institutions, labor organizations, speech circles, and the private sector as well as the administration. There are people who have overcome adversity and returned to the town to resume business and farming. After the earthquake, some companies have expanded into this area and are developing new businesses. Some people have begun to work on town revitalization in collaboration with NPOs outside the town. I am committed to concentrating on the outlook for public-private partnerships. For the reconstruction of the town, there are really many support staff from the national, prefectural, and local governments, those who have been appointed as support staff after the retirement of national government employees, NPOs who are full of action, university professors and researchers. I deeply feel the gratitude for that connection, bond, and connection. Once encounter became the next, the circle of support expanded, and the seeds of new encounters were sown throughout the town. I look forward to the seeds sprouting and one day growing into a big tree.
It will be 10 years since the earthquake, but reconstruction is still in the middle of the road with having many challenges and difficulties. We can do our best to move toward a new future because there are people who are watching over us
However, even now, as we approach the 11th year since he earthquake, some people continue to evacuate outside the town for various reasons. The damage caused by rumors such as agricultural products has not disappeared, and the environmental regeneration of forests is still in the future. There are concerns about the health effects of evacuation life, and it is necessary to establish a system that allows comprehensive community care to actually function. The decommissioning of Nuclear Power Stations has been a long-term effort, and many workers in decommissioning and reconstruction-related projects live in the worker dormitories built in various parts of the town. So I think it will take time to create a new symbiotic society with them.
Once you step into the town, there are still many challenges left, and I would like many people to know the current situation in such disaster-stricken areas.

5. New coronavirus infection (COVID-19)
In the current situation where a state of emergency was declared in Japan due to the spread of COVID-19 infection that is sweeping the world, the town established a PCR testing system in November last year and is currently working toward the construction of a vaccination system.
As the new COVID-19 infection spreads, discrimination and bullying against infected people and healthcare professionals are occurring. About 10 years ago, some children who evacuated from the Hamadori area due to the earthquake and the nuclear power plant accident were bullied at school, which is exactly the same composition.
Last year, the town enacted the “People-Friendly Town Development Ordinance” based on the idea of mutual assistance in which each townsman respects human rights and supports each other, preventing human rights violations due to “all discrimination”.
The town collects, organizes and disseminates accurate information, and continuously implements necessary measures such as public relations and educational activities based on correct knowledge.
In addition, the town is planning to enact the “Children’s Human Rights Support Ordinance” in June this year, as prevention of child abuse is an important issue that society as a whole should tackle.

6. Efforts toward a carbon-free society
In October last year, the Japanese government declared “Carbon Neutral Declaration” to reduce CO2 emissions, which are greenhouse gases, to virtually zero by 2050.
JERA Co., Inc., the operator of the Hirono Thermal Power Plant, has also announced that it will accelerate efforts to develop de-carbonization technology and pursue zero-emission thermal power generation that does not emit CO2 during power generation.
The road to zero emissions is premised on the steady progress of de-carbonization technology, economic rationality, and consistency with national policies, and in addition, mutual complementation with renewable energy is necessary. New technological development is required such as methods of coal-firing hydrogen and ammonia in coal-fired power plants, replacing the plant to exclusively burn hydrogen and ammonia, utilizing green fuel, adsorbing and disposing of emitted CO2, and promoting renewable energy.
We are planning to make a carbon neutral declaration toward the creation of a new energy society after the technical review this year.
We will discuss with the national and prefectural governments together with JERA Co., Inc. while keeping an eye on the roadmap of the international community, national and prefectural governments, etc. As a town that has attracted thermal power plants, we will achieve zero CO2 emissions and work to prevent global warming.

7. From the front runner of reconstruction to the pioneer of creation
Hirono Town is located at the southern gateway to Futaba County in Fukushima Prefecture, and has played a role as a reconstruction base for decommissioning work at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station and a front runner for the pioneering reconstruction. The role that Hirono Town should play in the reconstruction of the Futaba region is to embody “creation” as a model for new town development from the disaster area and open up the future. To that end, Hirono Town is required to transform from a “front runner” to a “pioneer of creation” through the “intensive reconstruction period” and “reconstruction/creation period” of 10 years after the earthquake.
We would like to realize a symbiotic society with decommissioning workers and residents who have addresses in difficult-to-return areas staying in the town, and would like to build the town as a sustainable community.
From the efforts of the OECD Champion Mayors for Inclusive Growth, the Fukushima reconstruction will be disseminated to the world, and the eight towns and villages of Futaba will work together on the future image of “Futaba Grand Design” toward the creation of Fukushima reconstruction.

8. Thoughts I want to convey in my autobiography
What I have been holding in my heart as I work on reconstruction is my strong desire and belief that one local government will not improve and reconstruct itself, but will create an environment where the entire Futaba region can be reconstructed and returned. I think that reconstruction means building a future of hope in the disaster-stricken areas by striving toward people’s wishes for their hometown and doing their best.
Toward the reconstruction of Fukushima, I will grasp the reconstruction of one local government, and the entire Futaba region will move forward, which can lead to the reconstruction of Fukushima. Comprehensively engraving the various happiness of regaining the hometown of the inhabitants in the entire region, I am determined to push forward with all my heart.
The message of support received from everyone at that time is still displayed on the Hirono Town Hall building like the flag of a ship traveling in the open sea.
Keep on raising our flag.
Please continue to watch the reconstruction of Fukushima.
That will be a great force for our reconstruction.
I would like to present the appearance of Fukushima, Futaba district, and Hirono Town, which is moving from the Great East Japan Earthquake and the nuclear power plant accident to reconstruction, with gratitude for the many support received from all over the world.

January 11th, 2021
Hirono Mayor, Satoshi Endo

 

Hirono_Moving Toward_Revitalization 
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